商売繁盛の神社ご紹介

商売繁盛の御利益をうたってる神社の紹介です

日本三大稲荷

4月-20-2012 By 商売繁盛神社を探り隊

お店や自営業の方の多くは、神様が好きですね!。なので、出張の都度、その地
で有名な商売繁盛を祈願できる神社へお参りするなど、全国の神社へ参拝されること
が趣味のような社長もお見えです。

おそらく一般の方は、お正月や大晦日ぐらいにしか神社とかに行かれないと思いますが
経営者さんたちは、日頃から商売繁盛祈願で神社へ参拝される方をよく見かけます。

商売繁盛とか神頼みに神社にお参りに行くといのとレベルが違いますが。松下幸之助氏
も京セラの稲森氏も信仰心が強いのはよく知られている話です。彼らのレベルの話では
ありませんが経営者も神では、ありません。やはりどんな大社長も神様にすがりたい
時があるのでしょうね。

経営者が神社に商売繁盛を祈願に出向くのは、おそらく自分の能力や会社の社員の能力
で準備万端にするもののその先の結果はだれにもわかりません。

しかるに、やるだけのことをやったあとに、神頼みをするために、神社へ足を運ぶのでは
ないかと感じます。本当に中小企業の社長をみていると、商売繁盛祈願をしてきたという
話をよく聞きます。

全国にもさまざまな商売繁盛の神社やお稲荷さんがあります。愛知県ですと豊川稲荷が
有名です。その昔より商売をしている愛知にお住まいの方はほぼ、皆さん一度は足を運
ばれていると思います。

もう少しマイナーになりますが、岐阜県にあるおちょぼさんもこの辺では、有名です。
豊川さんより、かなり小規模になります。驚いたことに調べてみると、おちょぼさんも
豊川さんも、伏見稲荷とあわせて日本三大稲荷と言われているようです。

おちょぼさんは名刺を貼る場所が境内にあり、そこに多くの営業や会社の経営者がお参りに
来ては商売繁盛を願い名刺をおいていくという習わしがあります。なかなか実際にみると
面白い光景です。

近在の・・・

1月-10-2012 By 商売繁盛神社を探り隊

私が住んでいる田舎にも、商売繁盛の神様を祀った神社があります。
その神社は、白蛇を祀っているのです。白蛇が、商売繁盛の神様、ということになるのか、それとも、商売繁盛の神様は、別にいて、白蛇は、象徴的なものであるのか、その方面の知識に乏しい私には定かではありませんが、正月に初詣をして、境内の岩の隙間に、白蛇の姿を認めることが出来た年は、商売が繁盛する、というふうに聞いたことがあります。

その、商売繁盛の神社が、先日、祭礼を行っておりました。いつもは通らない路を車で通ると、幟が立っていて、神社の祭礼を告げておりました。
私は仕事中でしたので、祭礼に立ち寄ることは出来ませんでした。なんとも惜しい気がしました。
私は自営業者で、独立して商売をしております。
ですので、自身の商売が繁盛することを願わない日はありません。
と、言って、私は、自分の事業を立ち上げてから、件の、商売繁盛の神社へ出向いたことがないのです。

これでは、ご利益がないのは当然ですよね。
そこへ持って来て、偶然行き会った、祭礼にも立ち寄れないほど余裕のないスケジュールを組んで動いている、ということに、なんとも、情けないような感情を抱きました。

これでは、商売繁盛の神様のご利益云々、という前に、ビジネスがうまく回らないのも、無理はないな、というところですね。

いろんなことを考えさせられた、祭礼に行き会った日でした。
祭礼には立ち寄れなかったけれど、今度、ゆっくりと参拝して参ります。商売繁盛の神社に。

神頼み

11月-10-2011 By 商売繁盛神社を探り隊

俗に、“困った時の神頼み” なんてこと、よく言いますよね。
私は、普段は、無神論者ですが、困った時には、神社へ駆けつけて、お参りをします。
まあ、普段から、神社へ参拝していれば、きっと、ご利益も大きいかとは思いますが・・・。

で、私は、現在、自営業者です。
商売をしているわけで、商売をしている以上、商売繁盛を願うのは当然のことですよね。
商売繁盛を願う、ということではなくって、実際に、自分の商売が、繁盛するように計画を立て、自分の商売を繁盛させなければなりません。それは当然のことですよね。

で、私にとって、商売繁盛を、神社に願う、という行為は、自分が自分の商売を繁盛させるために、出来ることは、なんでもやっておこう、ということの一環である、というふうに考えて戴ければいいかな、と思っております。

困った時に神頼みをするのではなくって、普段から、商売繁盛については、商売繁盛の神様が祭ってあると言われている神社へ出掛けて、参拝をしている、ということです。

なんとも現金な話だな、と思われるかもしれませんが・・・。
毎年、正月には、商売繁盛の神社へ初詣をして、前年のご利益のお礼を言うと共に、今年も、どうぞ、商売繁盛の御利益を・・・と、願い出るわけですね。

私にとっては、この、念頭の行事が、自身の商売繁盛へ弾みをつける行動、ということになっております。毎年、商売繁盛の神社に参拝をすることによって、自身の商売へのモチベーションを高めて行く・・・ということなんですね。

神頼みは大いに・・・

8月-30-2011 By 商売繁盛神社を探り隊

商売繁盛の神を祭った神社って、日本全国あちこちにありますよね。
あなたがお住まいの地方でも、お探しになれば、必ず、ありますよ、商売繁盛の神様を祭った神社って・・・。

で、正月の初詣ともなれば、商人やビジネスマンの参拝で溢れかえって・・・というのが、
ひと頃の、景気の良かった頃の光景でした。

私も、育った家が商家でしたから、毎年元旦になると、商売繁盛の神社へ、
家族で出掛けたものです。

で、商売繁盛の神社では、お賽銭も、それなりに、皆、はずむものです。
だって・・・元旦の初詣から、ケチケチしていちゃあ、折角商売繁盛の神社へやってきた
というのに、ご利益(りやく)がない、というようなものです。

で、熊手を買い求めます。この熊手で、富を掻き集める、と、でもいうようなものですか・・・。
なんとも現世的で、ひどく人間臭くって、私は、そういう光景が大好きでした。

・・・今も、fxスプレッドを気にしつつ、fxで資産運用をするときに、神頼みの文句を
口の中でもごもごと唱えるようなことがよくあります。
で、いい結果が出ると、近くの、商売繁盛の神様を祭った神社へ参拝して、ささやかながら、賽銭を投じます。

そうして、次の取引もうまくいきますように、と、大いに神頼みをするわけです。
私のそういう姿が人間臭いものかどうか、これは、他人が判断することですが・・・(笑)。
神仏は敬うべし、恃(たの)むべからず・・・なんていう諺があるようですが、
私は、大いに頼む、ようにしております。

商売繁盛神頼みの風習

12月-17-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

商売繁盛を神頼みするという風習はいつごろからか?
明確にいつから始まったという確かな記録は無いのであるが、日本で定着したのは
江戸時代なのではないだろうか?

酉の市などで、熊手を縁起物として屋台で売ったりして、また、この熊手を買うのに
値切るのはよしとはしないのが基本だが、中には御大尽が値切った上で実際に支払う際は
言い値を払い、釣り入らないご祝儀出取っときなというよな粋な計らいを見せたとか見せないとか。

いずれにせよ、商売が繁盛するように神頼みするのは昔からある世の習いであり
人としてはとても自然な風習であり、習わしであるという事ができよう。

商家には必ず神棚が据えてあり、毎朝水を上げてはお祈りをするというのも、商家の日常の
習慣で、それほど、商売繁盛と神社の繋がりというのは深いモノが江戸の時代から連綿と
受け継がれてきているのである。

ところが、21世紀を迎えてからか、その少し前からか、そのような風習が段々と廃れてきている
様な気がしてならない。

日本はキリスト教のような一神教ではなく、色んな神様がいて、商売担当、健康担当、武運担当
美貌担当というように、それぞれ担当の神様が存在している。

どっちが正しいとかどっちが間違えているとかそういう判断をする必要はなく、どっちもありで
良いのだと私は思う。

とかく、正邪の判断をしたがるのが人間であるが、このさい正邪の判断から自らを手放した方が
世っぽ出心穏やかに過ごせると思うのであるが、いかがだろうか?

商売繁盛の七福神

10月-6-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

商売繁盛の七福神と言えば、釣りざおと鯛を携えている「えびす様」である。
「ゑびす」とも表記される。

えびす様は七福神の中でも唯一純国産の神様で、大漁豊作、商売繁盛の守護神
として庶民の信仰を集めてきた。

特に関西地方、大阪あたり、昔で言うところの上方では「えべっさん」と親しみ
を込めて呼ばれるとても庶民的な神様で、“商売繁盛 笹もってこい”の歌で
知られるとおり、えびす信仰といえば笹と言われる。

なぜ笹が商売繁盛の象徴となったかというと、そもそも笹は縁起ものの「松竹梅」
の「竹」の葉のことで、節目が正しく真直に伸びて、弾力性があって折れない。
そして葉が落ちず青々と繁ることから、「商売繁盛、家運隆昌」の象徴となった
そうである。

えびす神と言えば、釣りざおと鯛を持っている姿を思い出すだろう。
そもそもが前述の通り、えびす神は唯一純国産の神様で、日本古来からの
漁業の神なのである。

夷、戎、胡、蛭子、恵比須、恵比寿、恵美須などとも表記し、呼び名も
えびっさん、えべっさん、おべっさんなどとも呼称される。
山手線に「恵比寿」という駅があるが、この名称の由来は、ヱビスビールを
製造・発売していた日本麦酒醸造会社(現在のサッポロビール)の工場(現在の
恵比寿ガーデンプレイスの場所)に隣接する山手線上に、1901年、ビール出荷専用
の貨物駅として開設された事による。

ビールの商標に因み、駅名も「恵比寿」(当初ゑびす)と命名されたのがそもそもの
恵比寿駅の由来である。ちなみに駅開設当時の地名は「下渋谷」であった。

商売繁盛の神社仏閣 その6

10月-4-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

明治神宮(めいじじんぐう)が「商売繁盛」のご利益があるというのは、あまり
知られていない。

商売繁盛というよりかは、社運隆昌・家内安全・縁結び・開運招福全般・厄除け
・子授け・学業成就・家内安全・縁結びなど、総合してその結果の商売繁盛という
事なのかもしれない。

ご祭神は言わずと知れた「明治天皇」と明治天皇の皇后である「昭憲皇太后」である。

明治神宮は原宿の中にいきなり緑豊かな敷地があり、入ると夏でもうっそうと茂った
木々の緑に太陽光が阻まれて、とても都内、それも原宿にあるとは思えないような
ロケーションなのである。

そのたたずまいから、商売繁盛には直接結び付く事が難しい神社仏閣の一つではある。
土地柄的には若者の街原宿に位置しているので、竹下通りなどの商店街(?)の
店主などは、初詣には必ず、商売繁盛を願ってこの明治神宮を参拝するようである。
明治天皇と言えば、侍の時代を終わらせた天皇であり、尊王攘夷のまさに尊王の
象徴だったのにもかかわらず、幕末の志士達の物語が昨今多く語られるなかで
その存在がそんなに目立たないのは、なぜなのであろうか?

いずれにしても、明治神宮は、日本が鎖国から海外列強と肩を並べるに至る際に
天皇だった明治天皇を祭っているのであるから、明治時代の富国強兵の象徴であり
国が富むには、まずは商売繁盛が無いと始まらないということで、やはり婉曲的に
商売繁盛の神として、明治天皇を敬うのも、そんなに不自然なことではないと思われる。

商売繁盛の神社仏閣 その5

10月-2-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

虎ノ門にある金刀比羅宮(ことひらぐう)も都内にある「商売繁盛」のご利益のある
神社仏閣である。

ご祭神は「大物主神 (オオモノヌシノカミ)」と「崇徳天皇(すとくてんのう)」。

金刀比羅宮は万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、その藩領内
である象頭山に鎮座する、金刀比羅宮(本宮)の御分霊を当時藩邸があった芝・三田
の地に勧請し、延宝七年(1679年)、京極高豊の代に現在の虎ノ門に遷座した。
江戸市民の熱烈なる要請に応え、毎月十日に限り邸内を開き、参拝を許可した。

当時は“金毘羅大権現”と称されていたが、明治二年(1869年)、神仏分離の神祇官の
沙汰により「事比羅神社」に改称となる。

明治二十二年(1889年)には金刀比羅宮に社号を改称し現在に至る。
ご神徳は海上守護、大漁満足は勿論のこと、五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神として
広く庶民に尊信され、東国名社の一つとして知られています。

ご祭神の大物主神とは「大いなるモノ(神霊)」、すなわち「神々の中でも最も
偉大なる力を持つ神」という意味の神名であり、海陸安穏・五穀豊穣・万民泰平、
国や人々に平安をもたらす神として、また、一説には運を掌る神とも伝承されている。
また崇徳天皇は保元の乱の厄により讃岐国へ遷られ、その後も讃岐国で過ごされ、
象頭山中腹に鎮座する金刀比羅宮(本宮)を日夜崇敬していた。

長寛二年(1164年)に崩御される前年には参籠し、荒行をされたと伝えられている。
46歳で崩御された翌年の永万元年(1165年)、その不遇な生涯と崇敬の篤さを偲び、
金刀比羅宮(本宮)の相殿に祀られることとなった。

商売繁盛の神社仏閣 その4

9月-30-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

さて、商売繁盛の神社仏閣の紹介の続きを今回からまた再開したいと思う。
今回紹介する神社仏閣は新宿にある「花園神社(はなぞのじんじゃ)」だ!

ご祭神は「食稲魂神(うかのみたまのかみ)」と「日本武尊(やまとたけるのみこと)」
で、慶安元年 (1648年)に創建された。

寛永年代(1624~1644)までは現在の場所より約250メートル南、今の伊勢丹デパートの
付近にあったのだが、寛政年代に朝倉筑後守という旗本がこの周辺に下屋敷を拝領したため、
社地は朝倉氏の下屋敷の中に囲い込まれてしまった。

そこで幕府に訴えたところ、現在の場所を拝領することになったのである。
その場所は、徳川御三家筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れて
いたそうで、この美しい花園の跡に移転したので「花園稲荷神社」と呼ばれたのが
社名の由来とされている。

「花園」という名称が正式なものになるのはずっと後代のことで、稲荷神社または
三光院稲荷とも呼ばれ、さらに江戸時代には地名にちなんで四谷追分稲荷とも呼ばれて
いた。
明治期には「村社稲荷神社」が正式名称であった。

大正5年(1916)花園稲荷神社となり、昭和40年(1955)末社であった大鳥神社を
合祀したことから、現在の花園神社となった。
この新宿花園神社のお祭りで有名なのが「酉の市」である「大酉祭」である。
「酉の市」は11月の酉の日に行われるようになり、商売繁盛の熊手を売る露天商の
にぎやかな声は、師走を迎える街に欠かせない風物詩でもある。

商売繁盛しつづけるためには?

9月-27-2010 By 商売繁盛神社を探り隊

商売繁盛をし続ける為に大事なことが一つだけある。
それはつねにお客さんが集まる「集客方法」をおさえているかどうかなのである。

これはモノを売る場合の商売も、自分の技術力を売る商売も関係なく、自分が
提供するサービスを必要としてくれ、その価格で喜んで購入してくれるお客様
購入し続けてくれるお客様を恒久的に集め続けることができれば、おのずと
商売繁盛し続けることができるのは、日を見るよりも明らかである。

そんな理屈は分かっている。それができないから今の世の中は不況であり
不景気なんだという声が今にも聞こえてきそうだが、確かにその通りだと思う。
マスコミは負の情報を垂れ流すばかりだし、本当に世も末みたいなニュースばかりが
世の中には蔓延しているように思える。
でも、それって見方次第でいくらでも逆転できる事であり、解釈の仕方で
いくらでも好転できる類のモノばかりであることも確かなのである。
世の中が不況だとか、不景気だとか騒がれているが、それは今までのやり方が
通用しなくなってきているのに、そのままの方法で押し通しているからに
他ならない。
特に大きな企業で会社の仕組みがかなりシステマティックになっている大企業ほど
この転換について行けず、毎年売り上げが落ち続け、赤字に喘いでいたりするのである。
このような大企業の弱点は、ひとを抱え過ぎたために、余剰人員を整理できず
使えない人間を多く抱えて、無駄飯ばかり食っている人間を抱えてることなのである。